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スーパー・ウェディング

Category : 小説展示
─ 編集情報 ─

 ▼2012年
 ▼竹の子書房 SF企画『スペース ハム+ハム』収録予定
 ▼小説 高田公太


スーパー・ウェディング

 わたしと亜希子の結婚生活は決して良好とは言えないものだった。
 悪友からのパーティの誘いを断るたびに、もしわたしが独身だったら恐らく全身をアルコールとドラッグまみれにしてそのパーティを楽しんでいるだろうと、物欲しそうに自分の姿を夢想したものだ。
 観たい映画、読みたい本、趣味の全てに財産を投げ打ったら、どれだけ幸せだろうかと考えることもあった。
 亜希子が好む音楽はまったくわたしと趣味が合うものではなく、退屈なコンテンポラリー・ジャズを目覚まし代わりに朝を迎えた日には、まるで監獄にいるような気分になった。
 結婚から三ヶ月を過ぎた頃には、既に〈離婚〉の二文字が頭にあった。しかし妻として、女性としての亜希子の魅力と、わたしの妻に対する愛情がその考えを毎度打ち消してしまうために、その時点でもう六年の間、二人は夫婦でいることに成功していた。結果的にわたしの不幸など、天秤にかけると軽いものだったのだ。この六年という期間は、わたし達の間に確固とした愛情がある証であり、わたしがなにより誇りに思っているものだった。
 つまりは、常にわたしの足元に寝そべっている結婚生活への不満と、単調な日々の退屈さを覆すことができるだけの愛が二人にあったわけである。
 わたしは自分の不満を何一つ亜希子に伝えていなかった。妻の幸せこそを自分の幸せにするつもりでいたからだ。
 妻のために何かを我慢することにわたしは慣れきるよう努力していて、必死でネガティヴな感情を鈍磨させようとしていた。
 それこそが愛であり幸せであると、わたしは信じていたのである。

『フィックス――あなたの気持ちに根を張るするために』
 亜希子は照れくさそうにそのナノ・ドラッグをわたしに見せた。
「そろそろいいかな、と思って」
 わたしはその言葉だけで、妻の言わんとするところを察した。
 その頃、ある女性誌が特集を組んだことで、〈フィックス〉は世間で話題になっていた。〈フィックス〉は脳内シナプスに繋がり、元来、個人が持っていた固有の感情の総量を半永久的に固定させるナノ・ドラッグだった。もっとも、その効果は薬物法で守られた気休め程度の僅かなもので、発売当初のネットのドラッグレビューでは、『プラシーボ効果にしか期待できない自己啓発剤』という低評価を受けていた。わたしはそもそも、犯罪に繋がらないよう配慮というオブラートで何重にも包まれたナノ・ドラッグに何の意味があるのだろうと疑問に思っていたため、そういったドラッグを服用する友人を、心の弱い製薬会社のカモと見下していたものだった。
「そうだな。そろそろいいかもな」

『さて本誌から質問です。あなたが、あなたの愛する人を思うその美しい気持ちは明日も存在しているでしょうか? この質問にある人は、存在すると答え、ある人は、そんなことはわからないと返答するでしょう。しかし、〈フィックス〉を飲んだら答えはひとつです。この魔法の(薬物法をクリアしている!)ドラッグであなたは間違いなく、美しい気持ちで明日を迎えることができるのです。さあ、あなたの愛情を変わらぬものへ〈フィックス〉してしまいましょう!』

 人間が異性へ(あるいは同性へ抱く)恋愛感情の総量は、流動的に変化する。
 ある日は魅力的に見えた異性がふとしたきっかけで、とんでもなくみすぼらしい存在に成り下がってしまうことは往々にある。そのきっかけは、単なる肉体疲労からくる苛々であったり、よくある恋愛のいざこざであったりと、様々だ。わたしの友人の中には、占い師の言葉をきっかけに別離を決めたカップルがいた。恋愛感情を守る鎧の強度は人それぞれであり、仮にどんなに分厚い鎧を着ていたとしても、必ずどこかにひびが入っているものだ。
 しかし、〈フィックス〉を服用したならば、話は別だ。
 ドラッグレビューに書かれていた通り、確かに〈フィックス〉はほとんどの面で三流薬物だった。
 しかし人間の最も脆く、美しい鎧――恋愛感情にのみ、驚くべき効果を与えた。 

『〈フィックス〉は、「死が二人を分かつまで」というフレーズに科学的な説得力を与えることができるのです。条件はただ一つ、二人ともそのカプセルを飲むまさにその時に、お互いのことを愛していることです。このナノ・ドラッグはあなた達夫婦の愛情にのみ作用します。他の副作用はありません。もしも、夫婦で〈フィックス〉を服用しても円満な生活を手に入れることができなかったら、それは残念――もともとそこには愛がなかったのです。』

 恋愛感情の総量を固定するこの不思議なナノ・ドラッグは、人体への悪影響がないということも手伝って瞬く間に流行した。
 今となっては、男女関係の相談に対する答えは「気になるなら〈フィックス〉してみなよ」のひとつしかなかった。
 もちろん、こういった脳内シナプスに直接繋がるナノ・ドラッグを毛嫌いする者もいくらかはいたが、この神のリトマス試験紙を世間は完全に受け入れていた。
 このドラッグを用いて、ある人は永遠を作り出し、またある人は永遠の可能性を絶った。
 単に色っぽいパーティを盛り上げるジョークグッズとして使用する者たちもいた。
 いつの間にか〈フィックス〉の包装箱にピンク色のハートのイラストがでかでかと描かれるようになっていた。

『本誌は、確かに愛のある夫婦が〈フィックス〉を利用し、真の意味での結婚を実現することを望みます! スーパー・ウェディングを果たしましょう!』 

「わたし達、これからもずっと幸せでいていられると思うわ」
「ああ、そうだな」
 わたしが、こんなもの飲まなくても自信があるんだがな、と言うことはなかった。
 仮に小学生でもわかるよう噛み砕いて、いかにこのドラッグがヒューマニズムに反するかを訴えたところで、亜希子にはそれを理解できることができないだろうという、諦めがあった。
 そして何より、〈フィックス〉を目の前にして、わたし自身が自力で愛情を守ることに疲れていたことに気づいた。
 こんなモノを飲まなくても、わたしの愛は変わらないというには、いささか心が磨り減っていたのだ。   
 わたしは今、確かに亜希子を愛している。できることならば、この先も愛し続けたい。
 何の苦労もなく。
 亜希子がホームセンターで買った灰色の味気ないプラスチック製テーブルに、水が入ったコップと、カプセルが二つずつ置かれた。
 私たちは木製の椅子に腰掛け互いに向き合った。
 見ると亜希子の表情は何の疑いもなく幸せに輝いていた。
 わたしは妻に微笑みを投げかけたつもりだったが、彼女の目にわたしがどう映っているかを不安に思った。
「これからもよろしくね」
「こちらこそ」
 コップを掲げ、乾杯をした後、カプセルは二人の中に入った。
 ここからカプセルが体内で溶け、腸に達したナノマシンが血管を経て脳に至る。
 わたし達は痛みを感じないし、ナノマシンがシナプスに繋がった瞬間を感じることはない。
 だが、その時我々二人は何かを待つように見つめ合っていた。
 亜希子の顔は紅潮し、瞳は潤んでいた。
 わたしはそんな妻を見て、なんと雰囲気に流されやすい安っぽい女だ、と思った。
 かくして、我々はスーパー・ウェディングを終えた。

 その後から今に至るまで、二人は円満な結婚生活を続けている。
 そして、わたしは今も、三十二年前と同じように幸せを守ろうと必死で自分を殺している。
 相変わらず、亜希子はつまらないジャズを聴いている。
 あのカプセルが置かれたプラスチックのテーブルもまだ食卓に鎮座している。
 六十歳になった今ではパーティに誘われることは皆無ではあるものの、体力があった頃に無茶を出来なかった自分を未だに悔やんでいる。
 神の薬がわたしにもたらしたものは、決してわたしが永遠の愛を感じることができないという悟りだけだった。
 日常の中で亜希子が見せる屈託のない笑顔は、とても美しい。
 亜希子はわたしを愛してくれる。
 我が妻に永遠の幸せを。
 わたしなど、もはやどうでもいい。
 もはや、どうでもいいのだ。


(了)
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Posted by Dr.wakasagi on 27.2012

君の目覚まし時計は音が大きすぎる

Category : 小説展示
─ 編集情報 ─

 ▼2012年
 ▼竹の子書房 SF企画『スペース ハム+ハム』収録予定
 ▼小説 氷原公魚


君の目覚まし時計は音が大きすぎる

 椅子は六脚用意した。
 最初から大人数で乗船してきたりはしないと思う。
 船内環境が不明なのだし、人類にとって危険なウィルスが蔓延している可能性を考慮するのが当然だろうから。
 宇宙服着用の、少人数による事前調査。
 そうなるだろうから、六脚で充分足りると思う。
 椅子の前のテーブルには、六人分のティーカップ。
 それに、シリン星系産紅茶葉を用意した。
 シリン星系の紅茶は文字どおりの最高級品で、遺伝子操作をしていない本物の地球由来茶葉。私だって特等船室用のを、さっき生まれて初めて飲んだのよ。
 美味しかった。
 こんなことでもなかったら、一生飲む機会などなかった。
 一缶で、家が一軒買えるシロモノだったし。
 茶葉の芳醇な香りが飛んでしまわないか心配だけど、真空保存するんだから大丈夫よね? お湯を沸かす電気ポットも準備したし、水は豪華に自然水だし。
 濾過水じゃないのよ。一回も再生処理していない水なのよ。
 そのままだと減圧したとき蒸発してしまうから、私は気密容器に入れた上で三重に密封した。それでもお客様にご提供するときには完全に凍結しているだろうから、電源が回復したら自動的に電熱で氷が溶けるよう工夫してある。
 お砂糖も天然植物から精製した、超高級なお砂糖。
 紅茶に入れてもいいけど、舌の上にちょんと置いただけで、蕩けちゃうような極上品。これも特等船室から失敬してきたのよね。
 美味しかった。
 私の給料では、こんな高級砂糖はちょっと買えない。
 スプーンも特等乗客専用の銀食器。
 カップもソーサーも、恒星間豪華客船ルミナス号の名前に恥じない最高級品で揃えて完璧!
 と、言いたいところだけど一つだけ残念なのは、ミルクとレモンをご用意して差し上げられなかったことだ。
 本当は厨房に、最高級品の生乳もレモンもあったのに。
 それをお出ししたいところだけど、水分はさっきも言ったとおり減圧時に蒸発してしまう。だから牛乳を用意しても、お客様には顆粒状になった粉末しかご提供できない。
 水みたいに密封して蒸発を防ぐ方法もあるけど、賞味期限がとんでもないことになるのは目に見えていた。水と違って牛乳を殺菌処理したら美味しくないし、同じ理由でレモンのご提供も諦める。
 まあ、これは仕方がないわよね?
 それにここまでやれば、お客様達だって私達のサービスを受け入れて下さると思うの。
 思考を巡らせつつ、私は次々と仕事をこなしていく。
 時間は限られているのだから、手際よくやらないと。
 お客様達が乗船してくるのは、ブリッジに近いAデッキの非常用エアロックからだろう。正規搭乗口は頑丈だから開放に時間がかかるけど、非常用エアロックなら緊急開放コードを入力すれば開けられる。
 非常用エアロックの横にある給電端子に、電源ケーブルを接続すれば本船のコンピュータも機能回復するだろう。
 そうしたら基本登録情報の入手は難しくない。
 それに万が一、故障などによってコンピュータが機能回復しなくても、白銀に輝くルミナスの船殻には船名がしっかりと刻まれている。船名がわかれば記録を参照して、航宙管制局から緊急開放コードを入手する方法もあるだろう。
 あとはコードを打ち込むだけ。
 ドアを破壊しなくても、乗船できると思う。
「お客様をお迎えするのだから、お手数をお掛けしないようにしないと」
 それが豪華客船ルミナス号乗務員としての、私の誇り。
 非常用エアロックが開放されたら、回復した電源を使って、エアロックから私の部屋までの誘導案内灯が点灯するようにしておこう。
 同時に、このときのために使用しないでおいた備蓄空気を、誘導通路と私の部屋に給気するようプログラムしておく。
 だって、真空だと音が聞こえないもの。
 音は空気を伝わってくる振動。
 空気がないと、メッセージがお客様の耳に届かない。
 それにヘルメットを被ったままでは、私の用意した紅茶は飲めないだろうし。
 室内はお客様が乗船する直前まで船外と同じ気温になっているから、かなり寒い。電源回復と同時に暖房が入るようにセットしておくけど、少し時間が掛かるものね。
 私が紅茶を用意したのは部屋が暖まるまでの間、お客様に暖をとって戴こうという配慮でもあるのだ。
 我ながら完璧……いや、忘れてた。
 この部屋のドア開放操作をスイッチにして、部屋の照明を点けないと。そうしないと、部屋の中が真っ暗だわ。宇宙服を着て転ぶと、起き上がるのが大変なのよね。
 照明点灯のプログラミングを終えた私は、次にお客様向けのメッセージを録画することにした。
「ようこそ、おいで下さいました。私はクロエ・バゼーヌ。このルミナス号の一等航宙士です。本船は、フォマルハウト船籍の恒星間豪華客船で、建造年月日は宇宙歴三百四十二年五月二十一日。船籍番号『XE-XVVIOEUX』、総トン数は十二万八千トン。所属会社はスターライト汽船。船内環境は宇宙歴三百四十八年二月二十七日の段階で、検疫隔離を要する異常を認められません。気密に問題なければ、どうぞヘルメットをお脱ぎになって下さい」
 ここで録画を停止して、私はカメラ映りをチェックした。
 一等航宙士であることを示す、黒地に銀の縁取りが入った制服に皺ができていないかを確認する。この映像は事務的なものだけど、お客様には完璧な私をお見せしたいもの。後で銀河ネットワークで放送されるかも知れないんだし。
 うん、問題ないわね。
 自分でも素敵に凛々しく映ってると思う。
 自慢じゃないけど、私はこれでも結構モテる。Aデッキのメインエントランスを歩けば、凛とした私の制服姿に多くの紳士淑女が振り返ると言われるほどに。こんなことになるのなら、もっと大胆に恋愛とかしておくべきだったなあ……と、今さら後悔しても遅いけどね。
 あと、胸がもうちょっと大きければなあ。
 そうしたら完璧だったのに。
 おっといけない、盛大に目的航路を逸脱してしまった。
 お仕事しなきゃ。時間は貴重よ。
 録画を再開する。
「本来であればお客様の応接は船長のデュクロの仕事になるのですが、残念ながら現在は船内におりません。そのことについては、後でご説明させて頂きますわ。その前に、お客様には最優先で処理して欲しいお願いがあるのです」
 最初にそれをお客様にお伝えしなければ。
 まずはメッセージが再生されるのと同時に、ある申請書類がお客様の手に確実に渡るようにプログラミングしておく。
 書類は結婚申請書だ。
 これだけではお客様も意味がわからないと思うので、補足説明を加える。
「本船に乗船中の二等船客、ヨハンネス・フフティネン氏とその婚約者エッラ・ベルマン嬢が、結婚の手続きを求めています。ご理解頂けると思いますけれど、本船の詳しい状況を報告する前にこの手続きを行ってしまわなければ、この結婚は正式に認められないことになってしまいます」
 これがこのお願いの、もっとも重要な部分。
 すなわち二人の結婚申請は、死亡確認が行われる前に受理されなければならないということだ。
 死者では結婚はできない。
 だけどお客様達は、まだ現時点では二人の死亡を確認していない。つまり二人は行方不明者なのだから、書類さえ有効なら結婚は受理されるはずなのよ。
 これだけは、なんとしてでも受理して貰わなきゃ。
「―――切なる願いです」
 私はさらに強調した。
 本当なら二人は、次の寄港地である惑星ミーティスで式を挙げる予定だった。ミーティスは新郎の故郷で、二人は結婚のために苦しい生活の中でお金を工面し、比較的船賃の安い二等船客として乗船したのだ。
 二等の運送契約はほとんどが運送上の安全に関わるもので、お世辞にも上等とは言えない。目的地まで乗客を送り届けることだけを保証する、酸素があるだけ貨物室よりマシな程度の扱いだ。
 だけど、私達は目的地まで二人を送り届けられなかった。それすらも履行出来なかったのである。
 これは本当に残念。私は本船の最高責任者として、申し訳ない気持ちで一杯だった。
 いや、私だけじゃない。
 本船乗務員の全てが同じ気持ちのはずだ。
 だから多少強引でも、この書類は最優先処理して貰う。
 そう決めたんだ。
「申請書の様式が古いかも知れませんが、恒星間宇宙船では最新様式を揃えておくことは難しいのです。過去の事例から、お客様が配慮して下さればこの結婚申請は受理されると思います。どうかよろしくお願いします」
 カメラに向かって頭を下げる私。
 申請書類はデータとして引き出せるし、この船のアンテナからも発信できるようにしておいた。
 後はお客様のご好意に期待しよう。多分、なんとか上手く処理してくれるんじゃないかと私は思ってる。
 ちなみに二人は昨日、一等船客以上のお客様しか立ち入ることが許されないBデッキ後部プロムナードで式を挙げた。 列席者は、当船に残留した乗員乗客三百七十四名。
 数々の高級ホテルを渡り歩いた当船自慢の料理長が、自らの人生の全てを注いで料理を手がけ、専属契約の一流バンドが心を込めた素敵な音楽を奏で、たまたま乗船していた銀河最高の歌姫が美声を披露し、結婚式担当の営業支配人が自分の最高の仕事になったと涙を流すほどの、それは素晴らしい結婚式だった。
 その後、私はルミナス号乗務員を代表して二人にロイヤルスイートの鍵をプレゼントした。ロイヤルスイートの料金は私が十回破産するほど高価なので、こんなことがなかったら絶対無理なサービスだったけれど。
 でも、私が二人にしてあげられることはその程度。それがなんとも悔しくて、悲しくて仕方がない。
 最後に二人と会ったのは三時間ほど前だった。
 二人は式で着ていたタキシードとドレスのまま、ベッドで手を繋いで横になっていた。
 誰も二人の幸せを疑ったりはしないに違いない。
 あの幸せに溢れた寝顔を見た人ならば。
 そうだ。
 本船がこうなった経緯についても、説明しておかなければ。
 私は録画を再開する。
「本船が現在置かれている状況について説明します。宇宙歴三百四十八年二月二十二日十五時二十三分頃、テムレ亜空間ワープゲートを通過中の本船の右舷機関部に、付近で作業中だった起重機船が衝突しました」
 起重機船は第一ゲートの横に新設される第二ゲートの建造に使われていたのだろうが、爆発事故で安定を失って、よりにもよって亜空間に突入しつつあった本船に衝突したのだ。
 亜空間ワープゲートの発明によって、人類が恒星間航行を確立してから三百有余年。安全かつ機能的に空間を跳躍航行出来るようになったというのに、こんな大事故が起こるとは誰も想像していなかったに違いない。
 亜空間航法でもっとも大事なのは、船体重量の適切な管理。
 多少の重量増減なら、ワープアウトしたときの出現座標も大きくは狂わないのだが、本船の場合は―――
「起重機船がめり込んだまま本船は亜空間に突入し、亜空間内で右舷エンジンと起重機船が脱落しました」
 こんなもん、どうやって重量計算すんのよ!
 無理です出来ませんごめんなさい。
 もちろん計算など出来ようはずもなく、偶然と直感に乗員乗客二千八百四十二名の命を賭けて、それでも私はおおよその重量を推計して非常制動をかけた。
 通常空間に復帰出来ただけでも奇跡としか言いようがない。ヘタしたら永遠に亜空間に取り残されていただろう。
 だけど、奇跡はそこまでしか起きなかった。
 初めて見る天体位置。
 もっとも近い人類の居住する惑星まで二十四光年。
 星図に記載された正規航路までの距離、三光秒。
 この救命ポッドでもなんとか到達可能な、正規航路までの距離は却って問題を複雑化した。
「本船は亜空間生成機関を積んでいません。幸い左舷機関部に被害がありませんでしたが、通常航行でもっとも近い人類居住惑星に到達するためには、五十九年三ヶ月と七日が必要という計算結果が出ました」
 考えるまでもなかった。
 食料、水、酸素、燃料、全てが絶望的に足りない。
 この時点での死者、行方不明者は機関員八名と起重機船の乗員全員。だけど、いくら酸素を節約しても本船に残された乗員乗客の誰一人として生き残る術がないことを、私たちは瞬時に理解してしまった。
 遅かれ早かれ、私達は死者の列に加わるのだ。
 では、どう死ぬのか?
 私とデュクロ船長、それからルミナス号の運行に関与している高級船員が全員集まり、これから我々はどうすべきかという深刻で実りの少ない会議が行われる。
 でも、会議をあまり長引かせることは出来ないとデュクロ船長は言った。
「このまま時間だけを浪費していては、不安に耐え切れなくなった乗客が秩序を失う。僅かでも……ほんの僅かでも生還の望みがなくてはならないのだよ」
 神様。
 次の瞬間に船長の仰ったことを、私は忘れません。
「私は希望する乗客を募り、救命ポッドで正規航路に向かう。それで反乱の危険はなくなり、パゼーヌ君が提案するプランも実行しやすくなるだろう」
「―――船長、ですが正規航路を目指しても!」
「わかっている。救助される可能性は零だ」
 正規航路というのは、星図の上で目的地から目的地まで線を引っ張っただけの物に過ぎない。
 そもそも宇宙船は航路を航海しているのではなく、物理的に空間を湾曲させて通過しないことで、恒星間航行を可能にしているのだ。
 正規航路に向かったところで、そこを通る宇宙船など皆無なのである。
 おまけにその航路の総延長は、七光年に及ぶ。
 航宙管制局がめまぐるしく変化した本船の重量を計算することが出来たなら、もしかしたら本船の出現座標を割り出して救助船を向かわせることが出来たかも知れない。それなら、推定される出現座標から一番近い正規航路の近くを捜索してくれるかも知れない。
 でも、そんなことは無理。
 それは重量計算をした私が一番よく知っていた。
 せめて起重機船が右舷にめり込んだままだったら、あるいは救助が期待出来たかも知れないのに!
「二月二十四日十二時十分。本船搭載の全ての救命ポッド、三十二隻を正規航路に向けて射出しました。脱出を選択したのは、デュクロ船長を筆頭に乗員乗客二千四百六十名」
 私はコンソールを操作した。
 そのときの航宙図をお客様達が確実に手に入れられるよう、データとして提出可能な状態にするためだった。
「おそらくですが、お客様達の記録でも救命ポッドは一隻も収容されていないでしょう? そうだろうと思います。でも、このデータがあれば救命ポッドの現在の漂流位置が特定出来ると思います。収容してあげて下さい」
 私は、脱出した人々の最後を想った。
 おそらく全ての救命ポッドは、目的地点に到達しただろう。
 だけど救助はこない。
 やがて酸素が欠乏し、あの狭苦しいポッドの内壁を叩きながら、彼らは絶望したに違いない。
 やけになってエアロックを開けた者もいるだろう。
 その方法を選んだ者は酸欠で死んだ者より苦しまなかったかも知れないが、空気と一緒に宇宙空間に吸い出され、遺体は永遠に見つからないだろう。
 そして残って酸欠で死んでも、綺麗な死に方にはならない。救命ポッドには空気がある。だから遺体は、ポッド中で腐り果てているに違いなかった。
 私は、それが嫌だった。
 それだけは、どうしても嫌だった。
 どろどろに腐り果て、歯型や遺伝子で照合しようにも記録が失われ、身元不明として処理されるような目になるのだけは、絶対に嫌だった。
 だから、この方法を選んだのだ。
 ルミナス号に残留した乗客乗員は、全て私のプランに賛成してくれた人々だ。すなわち―――生きて帰れなくても、姿だけは綺麗なまま故郷に帰るのだ。
 船医は涙を流しながら、みんなのために薬を調合した。
「起きることを考えなくていい睡眠薬だからな。大丈夫、朝が来たって絶対に目は醒めないよ。苦しんだりなんてことは絶対ない。それだけは保証する」
 機関長は最後まで、機械油に塗れた姿だった。
「左舷エンジンのモスボーリング処理終了。グリース塗布を行って完全保存状態にしました。五十九年三ヶ月後だって、ちゃんとした機関士が開封作業すれば再起動出来るぞ。このルミナス号の白い柔肌に、減速用の外部エンジンを溶接などされたら機械屋の恥だからな!」
 そんなみんなも、もう眠ってしまった。
 このルミナス号でまだ起きているのは、もう私一人。
 私は顔を天井に向ける。
 涙が滲んだのは、照明が眩しすぎるせいよ。
 でも、やっと私の仕事も終わる。
 私は大きく背伸びをして、時計を見た。
 タイマーで減圧が開始されるまで、三時間ほどしか残されていない。右ポケットには、船医が調合してくれたカプセルが入っている。
 ルミナス号の進路は、もう何十回も計算した。
 間違いなく目的の座標に到達する。ほんの少しの計算ミスでも船は明後日の方向に行ってしまうけど、私はやるだけのことはしたはず。
 計算通りなら、およそ五十九年三ヶ月後に惑星フータクスの宇宙コロニー群のどれかが、ルミナス号を見つけてくれる。
 慣性飛行とはいえ充分な相対速度を持っているから危険だし、彼らは調査のために私達のところにやってくる。
 そして、私達を見つけてくれるに違いない。
 彼らがやってきたとき、ルミナス号の船内は全ての空気が抜かれて真空になっている。そこに眠る私達は、昨日死んだばかりのように綺麗なままで発見されるだろう。
 完全な真空保存。フリーズドライだ。
 半世紀の後、もう私達の愛する者が生きていないとしても、誰かゆかりのある者が私達のことを思い出してくれるだろう。もし家族の誰かがまだ生きていたなら、昨日死んだばかりのような私達の姿に、涙を流して「おかえりなさい」と言ってくれるだろう。
 私は、それだけを希望している。
 最後に目覚まし時計をセットして、私は寝室の扉を閉じた。
 そしてこの世で最後のお願いをした。
「どうか、この目覚ましのベルが誰かに届きますように」


 全ての記録を確認した私は、部屋の奥にある扉を見つめた。
 そこはたった今見たばかりの記録映像で、彼女がその姿を消した寝室に違いなかった。
 寝室の空気充填が開始されたようだ。
 空気が満ちてゆく。
 それと同時に、ゆっくりとその音は大きくなっていった。
 目覚ましが鳴っていた。
 おかえりなさい。
 クロエ・バセーヌ。君の目覚まし時計は音が大きすぎる。

   ―――第五十三フータクス・コロニー航宙管制部。
             先発調査員報告書より抜粋。


(了)
Posted by Dr.wakasagi on 17.2012

魔法少女まじかる☆ぱんぷきん

Category : 小説展示
─ 編集情報 ─

 ▼2011年
 ▼竹の子書房ハロウィン企画用寄稿作品
 ▼キャラクターイメージ 徳倉ざくろ「ハロウィン娘」
 ▼小説 氷原公魚
 ▼この作品は、竹の子書房の電子書籍『トリック・オア・ツイート ハロウィン2011』に掲載されています。


徳倉ざくろ「ハロウィン娘」

魔法少女まじかる☆ぱんぷきん

 ──ククルビタ Cucurbita
 カボチャなどのウリ科植物の、ラテン語。

 ──コロキュンティス Colocyunthis
 カボチャなどのウリ科植物の、ギリシア語。


「今年もいい実が採れるわね!」
 自然保護団体『貧者の一灯』代表の麦原瑞穂は、見事に紅葉したハゼノキを見上げて満足そうに笑った。
 ハゼノキは五月から六月にかけて、黄緑色のかわいい花を咲かせる。そして秋には、小指の先ほどの大きさの扁平な球状の実ができる。
 この果実には高融点の脂肪を含んだ顆粒がぎっしりと詰まっていて、蒸して圧搾すると上質のロウが採れるのだ。
 『貧者の一灯』はそのロウを使って和ロウソクを作り、都会の子供たちを招いて自然保護活動を行い、ハゼノキが自生する山間部の村を無秩序なダム建設から守ろうとしている。
「こんなに豊かな自然。そして、父祖の土地を守ろうとする村の人たちの素朴な願い。それを簡単にダムの底に沈めたりなんて、していいはずがないわ」
 凛とした瑞穂の声は、森を歩きながら実を集める仲間や子供たちの耳に心地よい。
「あとで魚釣りも、するんだよねー」
「たくさん釣れるといいねー」
「たくさん釣った子にはご褒美出すぞー」
「わあいっ♪」
 自然と触れ合う子供たちの顔に、笑顔が溢れた。
 今年のロウソク作りも順調だ。
 瑞穂はみんなに聞こえるように、大きな声で言った。
「みんなで和ロウソクを作って、ダム建設反対と自然の保護を訴えましょう。秋祭りではたくさんのロウソクを点して、ダムなんて要らないって言うの。みんなの力を集めれば、きっとダムなんて建設中止に……」
 彼女の声は途切れた。
 閃光が走る。
 連続する爆発音が、瑞穂の言葉をかき消す。
 子供たちの悲鳴が聞こえた。
「うわあぁぁぁんっ! あ、熱い、熱いよおっ!!」
「おかあさーん、おかあさーぁぁぁん!!」
「な、なんなのっ? これはいったいなんなのおっ!!」
 ここは平和な日本なのに、ナパームで爆撃された直後のような地獄絵図に瑞穂たちは取り囲まれていた。
 火ダルマになった子供が一人、炎の海に沈む。
 かわいそうだが、火傷は全身に及んでいる。手当てをしても、もう助からないかもしれない。
 瑞穂は唇を噛んだ。
 こんなとき、泣き叫ばない自分が不思議だった。
 だが、泣き叫んでも誰も助けられないという義務感が、今にも崩れ落ちそうになっている瑞穂を支えている。
 これ以上の被害が出る前に、生き残った子供たちだけでも私が守らなきゃ!
「みんな、逃げ……」
 火の粉から子供たちを庇いつつ、振り返った瑞穂。
 しかし、彼女はまたしても絶句した。
 地獄を創り出していたのは──少女だった。
 三角に尖った魔女の帽子。
 腰まで届く蒼白い髪は、かわいらしく真っ赤なリボンで束ねられている。
 背中から広がる蝙蝠の羽根。
 カボチャを意識したドレススカートはふんわりと丸く膨らんで、カボチャパンツを覆っている。
 突き出した太股と尻尾が、呪文を唱えながら踊る少女の動きに合わせて動く。
「ククルククルクル、ククルビタ! コロンココロン、コロキュンティス!! かぼちゃ魔法で、手のつけようもない山火事になあれーっ!!」
 巨大なカボチャランタンをぶら下げた杖を掲げ、一見微笑ましく思える悪魔的動作で軽やかなステップを踏み、少女は満面の笑みを浮かべた
 呪文に呼応して、降り注ぐ牛ほどの大きさのカボチャ。
 それがハゼノキを幹ごと粉砕し、周囲一帯に大量の実を散乱させる。
 すでに説明したとおり、ハゼノキの実は油脂の塊だ。
 その実がカボチャで押し潰されて油が滲んだところに、少女の持つランタンが吐き出した青い鬼火が引火して、森は凄まじい猛火に包まれている。
「にゃあごーっ!!」
 少女の足元で使い魔らしい悪魔の猫が、鼠を捕まえたときのような誇らしい啼き声をあげた。
「熱いよう! おかあさーん!!」
「代表! 子供たちが死んじゃいます!!」
「川に向かって逃げるのよ!!」
 泣き叫ぶ子供たちを炎から守るようにして、大人たちは斜面を下って川に逃げようとした。
 その方向に、少女はランタンを振りかざす。
「ククルククルクル、ククルビタ! コロンココロン、コロキュンティス!! かぼちゃ魔法で、無残な死体の山になあれーっ!!」
 次々と降り注ぐカボチャの雨。
 カボチャは容赦なく瑞穂たちの行く手を阻み、逃げる子供たちの脳天を直撃した。
 飛び散る星屑。そして頭から血を流し、次々と仲間や子供が倒れる。
 追い打ちをかけるように巨大カボチャが子供たちの背や手足を容赦なく潰し、血の海に浮かんだマッシュポテトみたいな死体が量産されていく。
「いひぃぃぃぃいっ!!」
 瑞穂は悲鳴をあげた。
 しかしそれでも彼女は恐怖に震える足腰に鞭打って、両手を広げて少女の前に立ちはだかった。
 少しでも時間を稼ごうと思ったのだ。
「あ、あんた……な、なんでこんなことするのよお!!」
「私のこと?」
 少女は意味がわからないという風に、首を傾げる。
「あんた以外に誰がいるっていうのよ!!」
「あんた呼ばわりは酷いなあ。ぷんすか。まあ、教えてあげるけど──私、魔法少女まじかる☆ぱんぷきん! 魔法の国から私の幸せのため、人間界に修行に来たの~♪」
「……は!?」
 間の抜けた問答だった。
 ここで起きている全ての残虐行為に対して、あまりにも場の雰囲気をわきまえていない。
 そんな回答と対峙した瑞穂は、不覚にも本日三度めの失語症に陥りそうになった。
「魔法少女って、あの……サリーとかマミとか…」
「そうそう。アッコとかモモとか」
「馬鹿にすんじゃないわ! あんたみたいな魔法少女が何処にいるってのよ!! 魔法少女ってのはねぇ、もっと正義の味方なのよっ!!」
 緊張の糸が切れた一瞬を利用して、瑞穂は少女との間を詰めていた。大きく背を逸らし、その勢いを利用して振りあげた拳で少女を殴る。
 鈍い音と共に、華奢な身体が地面に崩れ落ちた。
 少女はそのまま、ピクリとも動かない。
「……え、あっ……」
 確かに殴り倒すつもりだったが、なんだか相手に避けられそうな気がしていた瑞穂は、普通にブン殴れたことにむしろ戸惑ってしまった。
 だが、それは更なる恐怖の始まりに過ぎない。
 瑞穂の足元で、低い笑い声が響く。
「……ふふふふふふふふ」
 思わず飛びのいた瑞穂の目前で、ゆらりと三角帽子が持ち上がってくる。
「……馬鹿だなぁお姉さん。魔法少女ってさあ、早い話が魔女の若くてピチピチしてる頃だよね……魔女がさあ、正義の味方なんてするわけないじゃん。あんなのアニメだけの話だよぉ~♪」
 帽子の下に、少女の微笑みがちらりと垣間見えた。
 ──怖い。外見と中身のギャップが怖い。
「私たち、超正統派の悪魔崇拝者だもん♪ だからさ、誰が何人死んでも全然気にしないし~目的のためだったら、平気で生贄にしたりするしぃ♪」
 どんなにかわいらしく言おうが、言っていること自体が充分怖い。
 瑞穂は小便を漏らしつつ、腰を抜かした。
「ひいいいいいいいいいいいっ!!」
「じゃあそろそろお姉さんは、たっぷりとこの秋収穫の新カボチャ味わってねっ? ククルククルクル、ククルビタ! コロンココロン、コロキュ……」
 瑞穂は炎上する森を、這って逃げる。
 その背中ごしに、魔法の呪文を唱えながらお供のカボチャ猫を従えて、少女の靴がパキパキと小枝を踏み折る音が聞こえてくる。瑞穂は泣きながら叫んだ。
「た、たぁすけてぇぇぇぇ!!」
「にゃあご!!」
「頭をかわいいカボチャと取り替えてあげるねぇ♪」
「いやああああっ!! こ、こっちこないでぇーっ!!」
 もうダメだ。
 ここで死ぬんだと、瑞穂が観念しかかったその時……バスが来た。
 炎に包まれた林道を、タイヤから炎を噴き出しながら一台の観光バスが突っ込んでくるではないか。
 瑞穂たちがチャーターしたバスだ。
「乗れ!!」
 バスの運転手が乗降ドアを開いて叫んだ。
 瑞穂が渾身の力を振り絞り、デッキにしがみついたのを確認すると、運転手は全速でバスを後退させた。
「逃げるぞ、ここはヤバい」
「子供たちが!!」
「このバスに乗ってない子はみんなダメだった!!」
 瑞穂は車内に目を向け、愕然とした。
 この村にきたとき、このバスは子供たちが定員一杯に乗車していた。
 今はそれが……九人だけだ。
「うぬぬーっ、逃がすもんかぁ~」
 かわいくつぶやいた、まじかる☆ぱんぶきんの攻撃は執拗に続く。
 巨大なカボチャが衝突するたび、バスの天井が凹んで窓ガラスが砕けた。
 タイヤはとっくにパンクしていて、バスは大きく揺れながら村道へ出た。
 村役場も家も、全ての建物が炎に包まれている。
 運転手が震えながら村を抜ける道に向かってハンドルを切り、瑞穂に言った。
「このまま村を出ます!!」
「お願い!!」
 瑞穂に異論があろうはずがなかった。
 スピードを出せないバスはガタゴトと峠を登り、死の恐怖から開放された安堵からか、乗客たちの顔には虚ろな微笑みが浮かぶ。
 でも、彼らは逃げ切れてはいなかった。
「ククルククルクル、ククルビタ! コロンココロン、コロキュンティス!! かぼちゃ魔法で、バスごと谷底に転げ落ちて新聞の一面になあれーっ!!」
 魔法少女まじかる☆ぱんぷきんのかぼちゃ魔法で、道からゴロゴロとカボチャが生えてきて、タイヤが破裂したバスのハンドルは容易にとられた。
 ガードレールを突き破るバス。
 そしてバスごと死に向かって転落していく瑞穂は、確かに見た。
 そこにはカボチャ猫を従えた少女が、建設会社の制服を着た男から貰った現金を、「いちまーい、にまーい」と、数えている姿があった。
 それにしてもなんという、罪を感じさせないかわいらしさだろう。
 その姿は、まるで貰った折り紙の枚数でも数えているようにしか見えなかった。
 瑞穂は悟った。

 きっとあの子は、幸せになるんだろう。
 だってホントの魔法少女、もとい魔女だもん……。

 ──数年後。
 村はダムに沈んだ。
 湖水は濁り、魚は一匹残らず死に絶えた。
 村に続く山道では過去に悲惨なバス転落事故があり、それ以来誰もそこを通らない。
 住んでいるのは僅かな人々だけ。
 あたりは一面のカボチャ畑で、その僅かな人々が手入れをしている。
 生活は苦しく、彼らは爪の先に明かりを点すような生活なのだという。
 でも、彼らの口にはミニカボチャが押し込まれているので、余計なことを話す心配は決してない。
 だから、誰も知らないのだ。
 この土地が、魔女に支配されているということを。
 今夜もカボチャの城の上を、写真に写らない鳥たちがテケリ・リ! と啼いて飛ぶ。


(了)
Posted by Dr.wakasagi on 17.2011

プロフィール

Dr.wakasagi

Author:Dr.wakasagi
氷原公魚と申します。
引退した物書きですが、電子書籍作家として絶賛復活中。
電子書籍製作集団『竹の子書房』
第一製作部ラノベ課に所属しております。

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