• 竹の子書房を訪ねてみない? 『竹の子書房とは何か』

    電子書籍発行集団『竹の子書房』への リンクと解説です。

    画像クリックで特集記事へ
  • 電子書籍書庫です 『氷原公魚Archive』

    竹の子書房で刊行された氷原公魚関連書籍のご案内。

    画像クリックで特集記事へ
  • 破竹のナイトメアがよくわかる! 『破竹のナイトメア』

    竹の子書房で連続執筆中。
    社員名簿連動企画『破竹のナイトメア』特集。

    画像クリックで特集記事へ

スポンサーサイト

Category : スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Posted by Dr.wakasagi on --.--

スーパー・ウェディング

Category : 小説展示
─ 編集情報 ─

 ▼2012年
 ▼竹の子書房 SF企画『スペース ハム+ハム』収録予定
 ▼小説 高田公太


スーパー・ウェディング

 わたしと亜希子の結婚生活は決して良好とは言えないものだった。
 悪友からのパーティの誘いを断るたびに、もしわたしが独身だったら恐らく全身をアルコールとドラッグまみれにしてそのパーティを楽しんでいるだろうと、物欲しそうに自分の姿を夢想したものだ。
 観たい映画、読みたい本、趣味の全てに財産を投げ打ったら、どれだけ幸せだろうかと考えることもあった。
 亜希子が好む音楽はまったくわたしと趣味が合うものではなく、退屈なコンテンポラリー・ジャズを目覚まし代わりに朝を迎えた日には、まるで監獄にいるような気分になった。
 結婚から三ヶ月を過ぎた頃には、既に〈離婚〉の二文字が頭にあった。しかし妻として、女性としての亜希子の魅力と、わたしの妻に対する愛情がその考えを毎度打ち消してしまうために、その時点でもう六年の間、二人は夫婦でいることに成功していた。結果的にわたしの不幸など、天秤にかけると軽いものだったのだ。この六年という期間は、わたし達の間に確固とした愛情がある証であり、わたしがなにより誇りに思っているものだった。
 つまりは、常にわたしの足元に寝そべっている結婚生活への不満と、単調な日々の退屈さを覆すことができるだけの愛が二人にあったわけである。
 わたしは自分の不満を何一つ亜希子に伝えていなかった。妻の幸せこそを自分の幸せにするつもりでいたからだ。
 妻のために何かを我慢することにわたしは慣れきるよう努力していて、必死でネガティヴな感情を鈍磨させようとしていた。
 それこそが愛であり幸せであると、わたしは信じていたのである。

『フィックス――あなたの気持ちに根を張るするために』
 亜希子は照れくさそうにそのナノ・ドラッグをわたしに見せた。
「そろそろいいかな、と思って」
 わたしはその言葉だけで、妻の言わんとするところを察した。
 その頃、ある女性誌が特集を組んだことで、〈フィックス〉は世間で話題になっていた。〈フィックス〉は脳内シナプスに繋がり、元来、個人が持っていた固有の感情の総量を半永久的に固定させるナノ・ドラッグだった。もっとも、その効果は薬物法で守られた気休め程度の僅かなもので、発売当初のネットのドラッグレビューでは、『プラシーボ効果にしか期待できない自己啓発剤』という低評価を受けていた。わたしはそもそも、犯罪に繋がらないよう配慮というオブラートで何重にも包まれたナノ・ドラッグに何の意味があるのだろうと疑問に思っていたため、そういったドラッグを服用する友人を、心の弱い製薬会社のカモと見下していたものだった。
「そうだな。そろそろいいかもな」

『さて本誌から質問です。あなたが、あなたの愛する人を思うその美しい気持ちは明日も存在しているでしょうか? この質問にある人は、存在すると答え、ある人は、そんなことはわからないと返答するでしょう。しかし、〈フィックス〉を飲んだら答えはひとつです。この魔法の(薬物法をクリアしている!)ドラッグであなたは間違いなく、美しい気持ちで明日を迎えることができるのです。さあ、あなたの愛情を変わらぬものへ〈フィックス〉してしまいましょう!』

 人間が異性へ(あるいは同性へ抱く)恋愛感情の総量は、流動的に変化する。
 ある日は魅力的に見えた異性がふとしたきっかけで、とんでもなくみすぼらしい存在に成り下がってしまうことは往々にある。そのきっかけは、単なる肉体疲労からくる苛々であったり、よくある恋愛のいざこざであったりと、様々だ。わたしの友人の中には、占い師の言葉をきっかけに別離を決めたカップルがいた。恋愛感情を守る鎧の強度は人それぞれであり、仮にどんなに分厚い鎧を着ていたとしても、必ずどこかにひびが入っているものだ。
 しかし、〈フィックス〉を服用したならば、話は別だ。
 ドラッグレビューに書かれていた通り、確かに〈フィックス〉はほとんどの面で三流薬物だった。
 しかし人間の最も脆く、美しい鎧――恋愛感情にのみ、驚くべき効果を与えた。 

『〈フィックス〉は、「死が二人を分かつまで」というフレーズに科学的な説得力を与えることができるのです。条件はただ一つ、二人ともそのカプセルを飲むまさにその時に、お互いのことを愛していることです。このナノ・ドラッグはあなた達夫婦の愛情にのみ作用します。他の副作用はありません。もしも、夫婦で〈フィックス〉を服用しても円満な生活を手に入れることができなかったら、それは残念――もともとそこには愛がなかったのです。』

 恋愛感情の総量を固定するこの不思議なナノ・ドラッグは、人体への悪影響がないということも手伝って瞬く間に流行した。
 今となっては、男女関係の相談に対する答えは「気になるなら〈フィックス〉してみなよ」のひとつしかなかった。
 もちろん、こういった脳内シナプスに直接繋がるナノ・ドラッグを毛嫌いする者もいくらかはいたが、この神のリトマス試験紙を世間は完全に受け入れていた。
 このドラッグを用いて、ある人は永遠を作り出し、またある人は永遠の可能性を絶った。
 単に色っぽいパーティを盛り上げるジョークグッズとして使用する者たちもいた。
 いつの間にか〈フィックス〉の包装箱にピンク色のハートのイラストがでかでかと描かれるようになっていた。

『本誌は、確かに愛のある夫婦が〈フィックス〉を利用し、真の意味での結婚を実現することを望みます! スーパー・ウェディングを果たしましょう!』 

「わたし達、これからもずっと幸せでいていられると思うわ」
「ああ、そうだな」
 わたしが、こんなもの飲まなくても自信があるんだがな、と言うことはなかった。
 仮に小学生でもわかるよう噛み砕いて、いかにこのドラッグがヒューマニズムに反するかを訴えたところで、亜希子にはそれを理解できることができないだろうという、諦めがあった。
 そして何より、〈フィックス〉を目の前にして、わたし自身が自力で愛情を守ることに疲れていたことに気づいた。
 こんなモノを飲まなくても、わたしの愛は変わらないというには、いささか心が磨り減っていたのだ。   
 わたしは今、確かに亜希子を愛している。できることならば、この先も愛し続けたい。
 何の苦労もなく。
 亜希子がホームセンターで買った灰色の味気ないプラスチック製テーブルに、水が入ったコップと、カプセルが二つずつ置かれた。
 私たちは木製の椅子に腰掛け互いに向き合った。
 見ると亜希子の表情は何の疑いもなく幸せに輝いていた。
 わたしは妻に微笑みを投げかけたつもりだったが、彼女の目にわたしがどう映っているかを不安に思った。
「これからもよろしくね」
「こちらこそ」
 コップを掲げ、乾杯をした後、カプセルは二人の中に入った。
 ここからカプセルが体内で溶け、腸に達したナノマシンが血管を経て脳に至る。
 わたし達は痛みを感じないし、ナノマシンがシナプスに繋がった瞬間を感じることはない。
 だが、その時我々二人は何かを待つように見つめ合っていた。
 亜希子の顔は紅潮し、瞳は潤んでいた。
 わたしはそんな妻を見て、なんと雰囲気に流されやすい安っぽい女だ、と思った。
 かくして、我々はスーパー・ウェディングを終えた。

 その後から今に至るまで、二人は円満な結婚生活を続けている。
 そして、わたしは今も、三十二年前と同じように幸せを守ろうと必死で自分を殺している。
 相変わらず、亜希子はつまらないジャズを聴いている。
 あのカプセルが置かれたプラスチックのテーブルもまだ食卓に鎮座している。
 六十歳になった今ではパーティに誘われることは皆無ではあるものの、体力があった頃に無茶を出来なかった自分を未だに悔やんでいる。
 神の薬がわたしにもたらしたものは、決してわたしが永遠の愛を感じることができないという悟りだけだった。
 日常の中で亜希子が見せる屈託のない笑顔は、とても美しい。
 亜希子はわたしを愛してくれる。
 我が妻に永遠の幸せを。
 わたしなど、もはやどうでもいい。
 もはや、どうでもいいのだ。


(了)
スポンサーサイト
Posted by Dr.wakasagi on 27.2012

プロフィール

Dr.wakasagi

Author:Dr.wakasagi
氷原公魚と申します。
引退した物書きですが、電子書籍作家として絶賛復活中。
電子書籍製作集団『竹の子書房』
第一製作部ラノベ課に所属しております。

最新トラックバック

来場者数総計

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR



全品無料の電子書籍、好評配信中!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。